東京高等裁判所 昭和62年(ネ)1481号 判決 1988年12月27日
控訴人 株式会社ヨコハマ・コイン・マシン
右代表者代表取締役 稲村修治
控訴人 稲村修治
右両名訴訟代理人弁護士 山之内三紀子
被控訴人 亀石千治
右訴訟代理人弁護士 佐々木国男
主文
一、原判決中控訴人株式会社ヨコハマ・コイン・マシンに関する部分を次のとおり変更する。
1. 控訴人株式会社ヨコハマ・コイン・マシンは被控訴人に対し五四五〇万円及びこれに対する昭和五五年一〇月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2. 被控訴人のその余の請求を棄却する。
二、控訴人稲村修治の控訴を棄却する。
三、訴訟費用は、控訴人株式会社ヨコハマ・コイン・マシンと被控訴人との間に生じた分は、第一、二審を通じ全部控訴人株式会社ヨコハマ・コイン・マシンの負担とし、控訴人稲村修治と被控訴人との間に生じた控訴費用は、控訴人稲村修治の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、控訴の趣旨
1. 原判決主文第一項及び第三項を取り消す。
2. 被控訴人の請求を棄却する。
3. 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二、控訴の趣旨に対する答弁
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
第二、当事者の主張
一、請求原因
1. 訴外株式会社アイ・エス・インターナショナル(以下「訴外会社」という。)及び控訴人株式会社ヨコハマ・コイン・マシン(以下「控訴会社」という。)は娯楽機械の輸入・販売等を目的とする会社であり、控訴人稲村修治(以下「控訴人稲村」という。)は現に控訴会社の代表取締役であり、昭和五八年三月三〇日まで訴外会社の代表取締役の地位にあった者である。
2. 控訴会社は、昭和五五年一〇月二一日設立登記をした会社で、右設立とともに訴外会社から営業の全部譲渡を受け、訴外会社の権利義務一切を承継した者である。
3. 被控訴人は、訴外会社から、昭和五五年七月七日スロットルマシンであるバリーギャラクシイ(以下「本件スロットルマシン」という。)五〇台を四五〇〇万円(単価九〇万円)で、同月一六日本件スロットルマシン用のコインメタル(以下「本件コイン」という。)二万五〇〇〇枚を二七万五〇〇〇円(単価一一円)で、同月一七日本件コイン一七万五〇〇〇枚を一九二万五〇〇〇円(単価一一円)で、同年九月一八日本件スロットルマシン一二台を一〇八〇万円(単価九〇万円)で買い(本件スロットルマシン代金合計五五八〇万円、本件コイン代金合計二二〇万円総合計五八〇〇万円、以下「本件売買契約」という。)、それぞれその引き渡しを受けた。
4. 本件スロットルマシン及び本件コインには、次のような欠陥があった。
(一) ペイアウト率(出玉率)八三%の性能を有するとの約束であったが、実際は最低でも一八〇%、最高四〇〇%にも上がり、営業用娯楽機械としての性能を欠く。
(二) 頻繁に電気ショートを起こす。
(三) コーラ販売器、両替器等周辺の電気器具、機械のノイズを拾い、基板が故障を起こす。
(四) リールユニットのLED(発光ダイオード)がショートする。
(五) ホットトランジスターが故障する。
(六) リールが回転しない。
(七) 規定どおりの枚数をホッパーがペイアウトしない。
(八) ホッパーにコインが詰まる。
(九) 配線不備によりコネクターがショートする。
(一〇) ドアーまわりのランプソケットがショートする。
(一一) 本件コインについては、本件スロットルマシンに右欠陥があって、無用のものとなり、またそもそも厚さが均等でないため、本体の本件スロットルマシン内でのスムースな流れを欠き、ローラを摩耗・破損する等の原因を起こす元となる。
5. 本件スロットルマシンの欠陥については、本体スロットルマシンを含むバリーギャラクシイの訴外会社に対する販売元である株式会社バリー・ジャパン(東京都渋谷区所在)から訴外会社を相手方として提起された横浜地方裁判所昭和五六年(ワ)第二八三五号売買代金請求事件、訴外会社から製造元のバリー・マニファクチャァリング・コーポレーション(米国イリノイ州シカゴ市所在)及び販売元の右株式会社バリー・ジャパンを相手方として訴外会社が提起したその併合事件である同庁昭和五八年(ワ)第四二号損害賠償請求事件(以下右両事件を「別件訴訟」という。)において、訴外会社は、前項1ないし10の欠陥があると主張していたもので、本件スロットルマシンに欠陥が存在することは明らかである。
6.(一) 前記第4項の本件スロットルマシン及び本件コインの欠陥により、本件スロットルマシン及び本件コインは使用不可能であり(別件訴訟で本件スロットルマシンにつき訴外会社は右のように主張していた。)、右は訴外会社の本件売買契約の債務不履行である。
被控訴人は、訴外会社に対し、昭和五五年一〇月九日付け同月一一日到達の書面をもって、訴外会社の右債務不履行を理由に本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。
(二) しからずとするも、前記欠陥の不存在、なかんずく出玉率の自由調整機能が存在するものとして本件売買契約が締結されたものであり、右欠陥の不存在が契約の要素となっていたものであるところ、右各欠陥の存在は、要素に錯誤があるものとして、本件売買契約は無効である。
(三) 訴外会社は、前記欠陥、なかんずく出玉率の調整について、真実は調整不能であるにもかかわらず、三五%ないし八〇%の範囲で調整可能と虚偽の事実を申し向け、その旨誤信した被控訴人をして本件売買契約を締結させ、後記の通りその代金を支払わせた。
被控訴人は、訴外会社に対し、昭和五五年一〇月九日付け、同月一一日到達の書面をもって、訴外会社の右詐欺を理由に本件売買契約を取消す旨の意思表示をした。
7. 被控訴人は、訴外会社に対し、昭和五五年七月七日から同年九月一七日までの間に、本件売買契約に基づく代金として合計五四五〇万円を支払っているので、訴外会社は被控訴人に対し本件売買契約の前記債務不履行を理由とする契約解除による原状回復義務に基づき右既払代金相当額の支払義務がある。
仮りに、しからずとするも、本件売買契約の錯誤又は詐欺による取消により、訴外会社は法律上の原因がなく右同額の利得を受け、被控訴人は右同額の損失を蒙ったので、訴外会社は右既払金相当額の支払義務がある。
8.(一) 控訴会社は、前記のとおり、訴外会社の一切の権利義務を承継した。したがって、控訴会社は、被控訴人が蒙った右損害についてその支払責任がある。
(二) 控訴人稲村は、本件売買契約締結当時訴外会社の代表取締役であり、訴外会社が同契約を締結するにあたり、本件スロットルマシン及び本件コインに前記欠陥があることを知り、または重大な過失によりこれを知らなかった者であり、しからずとするも詐欺行為により、被控訴人をして本件売買契約を締結せしめたのであるから、訴外会社の代表取締役として商法二六六条の三の一項に基づき、又は不法行為に基づき被控訴人に与えた損害について賠償する責任がある。
9. よって、被控訴人は控訴人らに対し各自金五四五〇万円及びこれに対する損害ないし利得発生後の昭和五五年一〇月一一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二、請求原因に対する認否
1. 請求原因1ないし3の事実は認める。
2. 同4の事実は否認する。
3. 同5の事実中、本件スロットルマシンに被控訴人主張の欠陥があることを否認し、その余は認める。
4. 同6(一)の事実中、訴外会社が別件訴訟において本件スロットルマシンが使用不可能であると主張していたことのみ認め、その余は否認し、(二)および(三)の事実は否認する。
5. 同7の事実中、被控訴人が訴外会社に本件売買契約の代金として金五四五〇万円を支払ったことのみ認め、その余は否認する。
6. 同8(一)の事実中、控訴会社が訴外会社の一切の権利義務を承継したことは認め、その余は否認し、(二)の事実は否認する。
第三、証拠<省略>
理由
一、請求原因1ないし3、5(ただし、本件スロットルマシンに欠陥があることを除く。)及び6のうち、訴外会社が別件訴訟において本件スロットルマシンが使用不可能と主張していたことは当事者間に争いがない。
二、そこで、本件スロットルマシン及び本件コインに被控訴人主張のような欠陥が存在したかどうかについて判断する。
<証拠>と前記争いのない事実を合わせ考えると、本件スロットルマシンには請求原因4(一)ないし(一〇)の欠陥があり、使用不可能であって、修理しても使用に耐えず、他の同種スロットルマシンの代替も困難であること、また、本件コインについては、本件スロットルマシン用のものであり、これと実質一体のものとして売買され、それ自体独立して他のスロットルマシン等の遊戯器の使用に流用できる等の事情がないことが認められる。他に右認定を左右するに足る証拠はない。
そうすると、本件スロットルマシンは修理もできず、また代替物の提供も困難である使用不可能の欠陥商品であり、また本件コインは、本件スロットルマシンと一体として使用される商品であると認めるのが相当であるところ、売主である訴外会社の帰責事由の不存在について何等主張立証のない本件においては、訴外会社は被控訴人に対し債務不履行責任を免れないところである。
三、また控訴人稲村は、前記の通り訴外会社のもと代表者で、現に控訴会社の代表者であること、<証拠>によれば、控訴人稲村は、我が国における娯楽機械、娯楽装置、遊戯場関係業界の草分け的存在で、業界でその名を知らぬ者はいないといわれる実力者であること、訴外会社は、本件売買契約前の昭和五五年四月二四日、サミー工業株式会社の福岡市博多のパチンコ店「甲子園」に本件と同種のバリーギャラクシイ一五台を納入したが、右は前記認定と同じ欠陥により、即日使用不可能の状態になり、前記製造元及び販売元から技師や製作者が来日して、その点検修理を試み、また訴外会社においてもその後販売元を通して送られてきた製造元の製作にかかるIC装置を使って出玉率の調整を行ったが、これらの試みは、同年六月までには、いずれも失敗に終わり、結局右欠陥を修理することができなかったこと、以上のような状況下で、本件売買契約が締結され、被控訴人に納入された本件スロットルマシンに前記欠陥が生じたこと、訴外会社及び控訴会社の目的は前記の通りであるところ、資本金は、訴外会社が五〇〇万円、控訴会社が二〇〇万円であって、実質控訴人稲村の個人会社と考えられることが認められる。他に右認定を左右するに足る証拠はない。
そうすると、控訴人稲村は、訴外会社の代表取締役として、本件売買契約に際し、本件スロットルマシンに前記欠陥のあることを確認し、かかる欠陥品を訴外会社が被控訴人に販売しないようにすべき職務上の義務があったにもかかわらずこれをしなかったものというべきであり、控訴人稲村には、右職務を行うにつき、少なくとも重大な過失があったものと認められる。したがって控訴人稲村は、被控訴人が、本件売買契約により蒙った損害につき、商法二六六条の三の一項の責任がある。
四、成立に争いのない甲第二号証と弁論の全趣旨を合わせ考えると、被控訴人は控訴会社に対し、前記認定の事情の下で、昭和五五年一〇月九日付、同月一一日訴外会社に到達の内容証明郵便をもって本件売買契約解除の意思表示をしたことが認められる。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
そうすると、本件売買契約は、被控訴人の右意思表示により有効に解除されたものというべきである。
五、被控訴人が訴外会社に対し本件売買契約にかかる代金五四五〇万円を支払ったこと、控訴会社が訴外会社の一切の債権債務を承継したことは、当事者間に争いがない。
したがって、その余の点を判断するまでもなく、控訴会社及び控訴人稲村は被控訴人に対し各自本件売買契約解除により、被控訴人に与えた損害金五四五〇万円とこれに対する控訴人稲村につき昭和五五年一〇月一一日から、控訴会社につき同月一二日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。
六、以上の次第で、被控訴人の控訴会社に対する本訴請求は前記の限度でこれを正当として認容し、その余は失当として棄却し、控訴人稲村に対する本訴請求は正当であるからこれを認容すべきであり、右判断と一部結論を異にする原判決を主文第一項のとおり変更し、控訴人稲村の本件控訴は理由がないので、これを棄却し、民訴法三八六条、三八四条、九六条、九五条、八九条、九二条、九三条を各適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 猪瀬愼一郎 裁判官 山中紀行 武藤冬士己)